バユナラフ峰(5686m)

安田隆彦

ペルーアンデス山脈は首都リマの東北東400㎞にあるワラス町(標高3100m、人口8万人)が登山基地になっている。ノンストップ豪華長距離バスで8時間、軽飛行機で1時間10分の所。町の東側に位置する、南北180㎞にわたる山脈には6千m級が29峰有り、町のホテルからも数峰が眺められる。多くの山が登山口まで2時間から半日もあればたどり着ける。登山時期は快晴の続く冬、5月から8月にかけての4か月。鋭い岩峰が多く、眺めは美しいが登るのは困難な峰が多い。その中で町から一番近い5千m級と一番易しいと言われている6千m級に挑戦した。

バユナラフ峰(5686m)ワラスホテルより
バユナラフ峰(5686m)ワラスホテルより

2014年7月9日(水)晴れ  

時刻 標高m 所要時間
6:30 3100 ワラスホテル発
7:10 3800 ヤッカバレー入口 0:40
8:20 4370 登り口着 1:10 計1:50
8:30 4370 登り口着
11:40 4900 キャンプ地着 3:10

6時半出発時刻前にはガイドのホルヘとコック、ポーターがホテル前で待機している。普通の砂利道を40分。ヤッカバレーの道に入るとそころからは 超悪路で歩くスピードしか出せない。約1時間かけて谷の終点少し手前の登り口に到着。谷の奥はバユナラフ(5676m)オチャパルカ(5891m)ランラパルカ(6162m)3山に囲まれた景勝地。登り始めは北に向かって35度ぐらいの急登斜面が標高差約200m、一か所アンザイレンする岩場あり。急登が終わると西に向けてトラバース気味に300mぐらいの緩い登りをテント地に向かう。今日は氷壁登攀で有名なランラパルカに雲がかからず鋭くそぎ落としたような1000m余の壁を存分に眺める。3日前に高度順応のため同じキャンプ地まで登って一泊した。その時は登りに4時間35分かかったのに比べると今回は4割も改善されたことになり、高度順応の有効性を痛感する。昼食、夕食ともスープ、主菜、デザートが出ていずれも旨い。8時に軽い睡眠薬を飲んで寝たら気分よく夜半まで寝れた。

7月10日(木)晴れ

時刻 標高m 所要時間
0:55 5000 テント発
1:25 5070 氷河端着 0:30
1:50 5070 氷河端発
7:05 5686 山頂着 5:20 合計登り5:50
7:25 5686 山頂発
10:00 5070 氷河端着 2:05
10:00 5070 同発
10:15 5000 テント着 0:15 合計下り2:20
12:10 4810 同発
14:05 4370 道路着 1:55
15:50 3100 ホテル着

登攀スピード 登り  120m/hr 、下り  300m/hr

出発⇒頂上⇒道路まで 13時間10分   普通の人で約10時間の行程

12時起床 コックを起こしてお茶とクラッカー2枚をつまむ。出発後すぐの岩場は昼登っても簡単ではなかったので夜道が心配だったが、思いのほか不安なく登れた。ポーターが担いできてくれたダブル靴、アイゼン、スパッツを付けて氷河を歩み始める。ほとんど直登の急な登り。氷河は凍っていないのか柔らかくリングなしのストックでは抜けることしばしば。十三夜の明るい月のおかげで足元は良く見え、ワラス町の明かりもすぐそばに見える。前衛峰の西側をトラバースしてコルに差し掛かる前は大きなクレバスがあり、クレバスを乗り越せるところは1m位の幅しかないスノーブリッジ。モルゲンロートに染まる空が明るくなる頃コルに着く。コルから見上げる最後の上りは細いリッジで幅が50㎝ぐらいしかない。ガイドは二つのアイスピックとアイゼンの前2本爪だけでリズミカルに登って行く。こちらはピッケルと折りたたんだストックで登るが足元はやはり2本の爪だけ。ピッケル、アイゼンとも打ち込むと良く入り不安はない。固い雪の幅が狭いので体の幅以内に打ち込まないと端の方は柔らかく抜けそうな感じ。細いリッジを2ピッチ登ると緩い雪面で頂上にたどり着く。少し遅れてスイス人の単独行、スペイン人の3人組が快晴の山頂に立つ。スペインの美人クライマーからは大きな音を立てて頬に祝福のキスを受ける。下りは細いリッジを終えてコルから歩き始めたらすぐに左太ももが攣ってきた。いつもどおり5分ほど動かずにいたらすぐに解消し無事最後まで歩くことができた。テントにて2時間ほど休み昼食後下山。道路には迎えの車が待っており、ストレッチを十分にしてから帰路に。膝痛も筋肉痛も起こらず、爽快な印象のみ残った。

トクヤラフ峰(6035m

ペルーアンデス六千m級では一番易しいとのことで挑戦した。

トクヤラフ峰(6035m)モレナキャンプにて
トクヤラフ峰(6035m)モレナキャンプにて

2014年7月15日     

時刻 標高m 所要時間
8:10 3100 ホテル発
8:40 2900 本道からイシンカ谷へ右折
9:20 3620 パシュパの少し上パトチャ着 1:10
9:30 同 発
16:00 4390 イシンカ基地着 6:30

夕刻 4℃ 夜1℃

ホテル定刻発。ガイドのマルコに、コック、コック補助、ポーターの4人がサポートチーム。30分で本道からイシンカ谷の道路に入りガタガタ道を40分、パシュパの少し上のパトチャに着く。荷物はポーターとロバに任せてすぐ歩き始める。下山してくる人の情報では昨日と一昨日は強風で全員撤退したとのこと。1時間半ほどでイシンカ渓谷に入るとケロイド状の表皮をした松 Quenual Forest が現れる。陽が当たると表皮が美しい。渓谷沿いに緩やかな登り道を楽に歩く。イシンカBCはとても広々としたところで登山最盛期と言うのにテントが数張あるのみ。小川が中をうねって流れ、目標のトクヤラフが真正面に見える。イシンカには山岳ホテル(Refugios Andinos)もあり何人か泊まっていた。

7月16日(水)晴れ    

時刻 標高m 所要時間
9:10 4390 イシンカBC発
13:40 5300 モレナキャンプ着 4:30

川沿いに少し上がってからすぐに北に向けて急登する。最初は砂利道だが次第に岩だらけの道になる。景色はあまり良くないがモレナキャンプ地に着くと真正面にトクヤラフが見える。下部はものすごいセラックス群。圧倒的な山容。こんな美しい山に登るのかとうれしくなる。7時就寝。

7月17日(木)晴れ     

時刻 標高m 所要時間
1:00 5300 キャンプ地発
4:50 5965 ベルグシュルンド着 3:50
5:50 5965 同下山開始
7:50 5300 キャンプ地着 2:00
10:00 5300 同発
12:50 4390 イシンカBC着 2:50

睡眠薬の軽いのを飲んで寝たが1時間ほどで目が覚めじっとしている。

12時に起床。シリアル、ビスケットの軽食後出発。少し岩を登った所ですぐ氷河が現れるのでアイゼン装着。かなり急な登りが100mほどで緩い傾斜になる。3ピッチ目に幅4mのクレバスがあり、細い木材で作った今にも壊れそうな梯子が掛けてある。それを這いつくばって揺らさないよう静かに渡る。1ピッチで70度の急な雪面が現れ、アイスピックとアイゼンの前歯を突き刺しながら60mほど登る。頂上直下のベルグシュルンド、高度5960mに約4時間で到着。シュルンドは雪面と聞いていたのに今年は取り付きが4mほどの垂直の氷になっている。すでに八ヶ岳の氷結滝登りで私には垂直の氷は登れないことが分かっていたのでここで登頂は諦める。氷になっている情報が有れば縄梯子を用意してきたのにと残念に思う。他の人の登りをしばし眺める。聞けば半分ぐらいの人はここで諦めているとのこと。例年は雪面の急登だが今年は氷になって難しくなっている。体調は非常に良く、高度順応が初めて6千mに対応できた実感がした。モレナキャンプで一息入れてから下山開始。

7月18日(金)晴れ

時刻 標高m 所要時間
8:10 4390 イシンカ発
12:55 3620 パトチャ着 4:45
13:00 3620 同発
13:45 2910 幹線道路に出る 0:45
14:05 3100 ホテル着 0:20
         

ペルーアンデスの氷河クレバスは毎年大きく動くことが多い。例年だとトクヤラフが一番易しい6千mと言われているが今年は成功率が50%ぐらいしかない。今年一番問題なく登れたのはチョピカルキ(6354m)であった。

DNA

南極に観光に出かけると吼える南緯60度と言われている荒れた海を24時間かけて通過しなければならない。その間3食が提供される。最初の食事に食堂に出てきたのは115人の乗客の半数、2回目は二十人余、3回目の食事には10人。ひとテーブルに集まりそれぞれどの様な船酔い対策をしたのか自慢話が始まった。磁石や薬の話で盛り上がったが何もしなくて良かったのは私一人だけだった。その時65歳、初めて船酔いに強いDNAを持っていることを認識した。時差調整能力が低いことは海外出張の多かった頃、同僚の笑い種にされていたので認識していた。海外登山を始めると高度障害のため下痢に悩まされた。下痢なら薬で十分対処できると思い込み、毎回新たな薬を試みたが失敗の連続だった。今回はこれが最後と今までの倍、他の人の3倍ほど高度順応に時間をかけてみたら下痢薬だけで1.5㎏も持って行ったものをほとんど使わずに調整できた。船酔いには強くても高度適応能力に弱いDNAの持ち主であることを75歳で初めて認識できた。

ペルーアンデス
ペルーアンデス