この記事は提唱者の高尾文雄氏によります。
新・日本オートルート
高尾文雄
山スキールート図集を見ると、日本オートルートとして立山〜槍のスキー縦走が出ている。このコースではスキーを使える範囲は限られていて、滑走距離が少ない。そこで、自分なりにスキーの滑降を重視した、オリジナルなルートを考え出そうと思った。
最近は本場のオートルートにも興味が出て、ルートを調べたり、行った人に様子を聞いたりしていたのでこれもルート造りの参考となった。
地形図をよく見て検討を重ね、スキーを最大限に使える新・日本オートルートと名付けた。ルートはおおむね谷と谷を峠で結び、稜線を縫うようにしてスキーで上り下りする。
96年、97年、99年の三回に分けて行ったが、@立山〜北ノ俣、A北ノ俣〜槍ヶ岳、B立山〜毛勝である。
ルート中の大滑降のポイントは@では御山谷、廊下沢、薬師沢、北ノ俣西斜面、Aでは赤木沢、黒部五郎のカール、双六谷、蒲田川左俣、槍沢、Bでは御前谷、西仙人谷、折尾谷、東又谷である。このうち、黒部側の谷にはあまり人が入らないので、自分たちの滑りが満喫できるであろう。
@〜Bともに山行全体を通して特殊な技術を要求されることはないが、雪質によりスキーの滑降技術はかなり高いレベルが必要だ。すばやく、転ばずに重荷を背負って滑れる技術が必要となる。当然メンバーの足並みがそろっていることが重要である。ルート全体のボリュームがあるので、個々の谷の困難さだけで判断できないところがあり、そこがまたこういったスキー縦走の魅力でもある。
時期は総合的に見て、五月の連休あたりがベストであろう。天気が安定していないと、どのルートもなかなか貫徹するのは難しい。谷底へ毎日降りては登り直すことになるので先々までの天気の見極めが重要となる。
ルートの取り方、選び方は私が行ったのはほんの一例に過ぎず、まだまだ色々と考えられると思うので、各自のオリジナリティーを出して新たなルートを造ってほしい。私からルート造りにアドバイスするならば@朝一番の滑降は避けた方が無難。クラストしている場合が多く危険。A午後遅い滑降も避けた方がいい。雪がブレーカブル・クラストになることが多い。B谷沿いのルートが多いので、雪崩には細心の注意と事前の学習、ビーコン等の装備の携帯が必要。(5月でも大雪は降る)C年により積雪状態がかなり違う。特に谷筋は割れていることもあるので注意が必要。D上からのブロック、落石等にも注意が必要で、テント地には安全な場所を選び、危険地帯を登る場合は朝早く通過する。
最後に今後可能性のあるバリエーションルートについてであるが、夢のようなルートも含め、色々と考えている。
・ 後立山の東西の谷を縫って日本海まで行く。
・ 黒部川の横断で後立山と立山側を結ぶ。
・ 北アルプス以外の山域で同様なルート取りを考える。(例えば頸城山群)
山スキーはまだまだ色々な可能性を秘めているので、オリジナリティーのあるルート造りにトライしていきたい。
以上
@立山〜薬師〜北ノ俣(WORD版地図)
室堂から入山する。一ノ越まではシールで登る。一ノ越からは御山谷を滑る。標高1800m地点まで滑るが、重荷のため普段の滑りができないので注意が必要。
右岸の尾根に一ノ越から見ると窓のように見えるコルへシールで登り返す。その標高2056mのコルから中の谷へ滑り込む。少し急だがデブリもなく快適に滑れる。
今度は中の谷から刈安峠まで登り返す。急で、斜面の上部の雪面は亀裂が入っていて今にも崩れそうに見える。スキーは担いで登る。
刈安峠からの尾根はヤセていてシールでは歩きづらい。途中でスキーを担くことになる。五色ヶ原の手前の標高2100mまで登ると尾根は広くなりテント適地がある。この辺が樹林限界であるので一日目はこの辺りで泊まることになる。
ガスが出たり、風が吹いたりするとかなり苦労するところだ。標高も高く早朝は雪面が堅くクラストする。スキーを担いでアイゼンをつけて登ることになる。五色ヶ原の東端辺りからヌクイ谷へ滑り降りるのがよい。ヌクイ谷までは無木立の広い斜面で、傾斜もありすばらしい。クラストしているとかなり緊張するが大変快適な滑降を堪能できる。
ヌクイ谷に降りてから越中沢岳の東にシールで登り返し、標高2408mのピークのすぐ横に出て黒部側を覗き込むと黒部川の出合まで一直線に見渡せる。
ピークから廊下沢へ滑り込む。廊下沢の上部は急だが、広いカール状ですごく気持ちの良い滑りを楽しめた。扇の要のようになっているところまで滑ると、そこからはU字谷の様になっている。左右からの落石が少し気になるが、一気に黒部川まで滑れる。
大黒部はこの時期でも悠々と流れている。左岸の雪面をシールで進めるが、スゴ沢の手前で行き詰まる。右岸へスノーブリッジを渡らなければならない。
スゴ沢当面の中ノタル沢との出合いは沢が広くなっていて、デブリの跡が台地状となっていて幕営できる。
三日目はスゴ沢を主稜線まで登る。黒部川との出会い付近は両岸が迫っており、落石、ブロックが恐い。すばやく通り過ぎるようにする。その上の滝は埋まっていて問題ない。そこから上は明るく開けていた。二俣はどちらでも登れるが、主稜線上の雪庇の崩壊には注意が必要。出会いから主稜線までシールで登れる。
主稜線はこれまでと違い多くのトレースがある。薬師岳までは巨大な雪庇の上をシールで登れる。
薬師岳のピークからは薬師沢右俣を滑る。上部はクラストしているが、広大なスロープを快調に滑走できる。全員が横一列に並んで滑れるほどだ。しかもシュプールはほとんどない。快適な大滑降である。
薬師沢の本流に近くなって、左右が高くなって狭くなると沢が割れだす。左右に高巻きすれば、薬師沢本流との出合いまで滑れる。この辺りも幕営適地である。
北ノ俣岳までは薬師沢左俣と本流の間の尾根をシールで登る。北ノ俣からの滑降は真っ白な大斜面となっていて、風も強くシュカブラとクラストが交互に出てきて苦労させられる。風が弱くなる所まで降りれば、快適な滑降となりどこでも滑れる。
寺地山は登り返しても南側を巻いてもよい。寺地山から樹林の尾根を再び滑るが、はじめは傾斜がなくて進まない。途中からはスピードも上がり、沢底まで一気に降りる。夏道通りに峠に登り返し、最後の急な斜面を沢通しに降りると林道に出会う頃雪が消えスキーを脱ぐ。
四日間のトータルの滑走標高差は、5000mとなる。
<記録>
メンバー 高尾文雄、田中博之、芝田之克、山森晴之
1996年5月2日 晴後曇夜雨
9:35−室堂出発10:40−一ノ越着 11:30−御山谷1800m 14:10− 刈安峠 15:13−五色への尾根の2100m地点(幕営)
5月3日 快晴強風
6:13− 出発 7:10−五色ヶ原東端 8:20−ヌクイ谷 11:05−越中沢岳東峰(2408m) 12:30−黒部川出合 13:15−スゴ沢出合(幕営)
5月4日 晴後曇
6:00−出発 8:05−主稜線 13:45 −薬師岳 15:30−薬師沢右俣と本流との出合(幕営)
5月5日 雪後雨後雪
12:45−出発 14:35−薬師沢左俣左岸尾根2400m(幕営)
5月6日 快晴強風
6:15−出発 7:53−北ノ俣岳 9:50−寺地山 10:45−標高1534m 12:20−林道(1200m) スキーを脱ぐ 13:25−打保
以上
A北ノ俣〜黒部五郎岳〜槍ヶ岳(WORD版地図)
神岡鉄道の終点の奥飛騨温泉口でタクシーを予約しておき、有峰へ続くスーパー林道を行ける所まで入る。雪が少ないと、打保からずいぶん上の有峰に通じるトンネルの手前まで行ける。
トンネルまで林道を歩き、脇から寺地山への尾根に取り付く。寺地山の先にある避難小屋までは樹林の中を進む。雪が少ないと木がじゃまでなかなか進まない。
避難小屋からは急に開けるので、大斜面をシールで斜登行すればピッチが上がる。
北ノ俣からは反対側の赤木平に滑り降りる。夏はお花畑になる広大な斜面で、どこまでも斜滑降ができる。赤木平まで滑ると、どこでもテントが張れる。
朝は冷え込み雪面が堅くクラストする。赤木平から赤木沢経由黒部本流を目指して滑り降りる。赤木平からの滑降は非常に快適。傾斜は有るが、斜面は広い。
周りの尾根は樹林が濃くてスキーでは下りられないので、赤木沢の沢底に降りる。雪が割れるが、高巻きを繰り返しながら滑り、標高2100mの所で右岸から入る支沢を使ってウマ沢との間の尾根に登り返す。滑落すればクレバスから水没するので注意して滑る。
赤木沢とウマ沢の間の尾根は緩やかでシールを使える。黒部五郎へ続く主稜線に出ると堅くクラストしているのでスキーを担ぐ。
黒部五郎の頂上からは、カールに滑り込む。雪崩には注意が必要だが、快適な滑降を楽しめる。小屋の方には行かず、五郎沢の左俣が出合うところまで滑り、三俣蓮華岳に向けて登り直す。
稜線を三俣蓮華のピークまで登り、樅沢の上部に滑り込む。出だしは急で緊張するが、すぐに緩くなり快適にターンできる。しばらく滑って、双六岳の方へトラバースに移る。途中雪崩れそうな急斜面があるので、雪が悪いと横切るのは危険。樅沢源流にはテントサイトが多い。
主稜線に向かって登ると双六岳の下に出る(標高2650m)。双六小屋まで、滑降する。双六小屋から双六沢を滑降する。この辺りはシュプールがいっぱいある。
標高2150mまで滑って大ノマ乗越まで登り返す。大ノマ乗越から弓折岳まで更に登り、頂上から蒲田川左俣へ滑り降りるのだが、雪庇があり、下が急斜面で入れない。秩父沢の方に少し降りてから左に回り込んで小尾根を越え左俣谷に入る方がよい。
雪は重くなるが大斜面を快適にターンして左俣谷の沢底に降りられる。左俣谷は雪が割れていて、対岸にはなかなか渡れない。時々雪が切れていて藪こぎを強いられる。左俣谷から槍へ登るには水鉛谷を使い、中崎尾根を越えて右俣谷へ入る。
水鉛谷はブロック雪崩が怖いので早朝にすばやく登った方がよい。 水鉛谷は両岸が雪崩で磨かれた急な岩壁でゴルジュになっている。沢底はデブリだらけで非常に歩きにくい。
中崎尾根のすぐ手前まで登ると急に開けて傾斜のない広場のような所に出る。ここはテント地にできそう。
中崎尾根は簡単に越えられる。飛騨沢に入ればあとはただ登るだけである。強い風が吹く中を肩の小屋まで登る。
肩の小屋からは槍沢を滑るが、状況によってはクラストしているので注意が必要。快適な大斜面にシュプールを描いてフィナーレを飾る。
年によって雪の多少があり、どこまで滑れるかは変わる。雪がなくなった後はスキーを担いで上高地までひたすら歩く。
五日間のトータル滑走標高差は、4200mとなる。
<記録>
メンバー 高尾文雄、加藤正一、 前田浩之、山森晴之
1997年5月1日 快晴
8:50−林道終点出発 9:10−有峰へのトンネル 13:00−寺地山 14:15−避難小屋 16:45−北ノ俣岳 17:30−赤木平
5月2日 晴後曇
5:40−出発 6:20−赤木沢標高2100m 10:00−黒部五郎岳 11:00−五郎沢 14:00−三俣蓮華
15:30−樅沢源流標高2450m
5月3日 曇時々晴 夕方曇一時雨
5:00−出発 6:15−双六小屋 7:00−双六沢2150m 8:10−大ノマ乗越 9:10−弓折岳 11:20− 水鉛谷
5月4日 雨後晴 夜雨強風
12:20−出発 15:05−水鉛谷2420m 16:00−中崎尾根 17:00− 飛騨沢2750m
5月5日 晴強風
7:00−出発 8:00−飛騨乗越 8:30−肩の小屋11:15−槍沢ロッヂ 16:30−上高地
以上
B立山〜剣岳北方〜毛勝(WORD版地図)
室堂から入山する。一ノ越まではシール、一ノ越からはスキーを担ぎ、重荷にあえぎながら雄山に登る。
雄山神社の直下から御前谷を滑り降りる。御前谷は滑る人はほとんど無いが、広く傾斜も急で大変すばらしい。年によっては5月でも新雪が残っていることもあり素晴らしいスキーができる。雪が悪ければ出だしが急なので苦労する。御前谷は周りに高くそびえる岩峰が望まれ、日本離れした景色である。
御前谷を途中で左の尾根(立山中央山稜)を越えて内蔵助谷に移り更に滑り降りる。内蔵助平まで滑るとテントはどこでも張れる。人もいなくて静かな山を満喫できる。
ハシゴ谷乗越に登り、剣沢まで滑る。二股までは年によっては、沢を渡るのが苦労するときもある。
二股からは大窓へのツアーの人は多いが、小窓谷を登る人はほとんどいない。小窓谷はシールで最後まで登れる。
小窓から反対の西仙人谷に入る。出だしは雪が無く、少し歩いて下りてからスキーを付ける。上部は大変急で緊張する。ジャンプターンで慎重に滑り降りる。急で狭く喉のようなところが続く。左右は高い岸壁で日本離れした景色の中を滑る。
途中からはデブリが谷が埋め尽しているので、スキーを外さないといけない。
白萩川の大窓からのルートに合流したら、傾斜は急に落ち、雪が重いが気楽に滑れる。年によっては、池ノ谷出合付近から取り入れ口まで渡渉強いられるところがある。
取り入れ口からは雪もなくなり、スキーを担いで林道をブナクラ沢の出合まで行く。
こんどはブナクラ沢を登る。ブナクラ沢の取り入れ口の上からは雪も続いており、シールを使える。この時期のブナクラ沢はたくさん人が入っている。谷はデブリがいっぱいで、歩きにくい。
1300m付近まで登ると沢が開けてテント適地となる。ブナクラ乗越までシールで登れる。
裏側の折尾谷はスキーで下るのに絶好の谷。広くて見通しが利き、デブリもなく傾斜もスキーにちょうど良い。一気に下れるが、標高900mからは雪が無くスキーを担いでのヤブこぎとなる。
雪を拾いながら段丘状になった左岸を高巻く。小黒部谷本流まで降りずに、西谷と中谷が別れる手前まで藪の中をトラバースする。その辺りで段丘は終わり急斜面となっている。段丘の切れ目の急斜面を強引に下りて、更に落石地帯をトラバースして中谷のゴルジュをやり過ごすと雪の上に下りられる。
すぐ先で沢が分かれるので、西谷に入りシールで登る。遠くには熊やカモシカも見える。デブリの斜面をひたすら登ると、上部の喉のようになった急斜面はスキーを担いでアイゼンで登る。
平杭コルに上がる手前は巨大雪庇があり、ピッケルを取り出し弱点を見つけながら登る。このコルもテントが張れる。
北方稜線を毛勝山を指してスキーを担いで登る。頂上からは東又谷を滑る。広い中斜面はスキーに絶好である。途中のゴルジュも中を行け、滝も横を簡単に下れる。
堰堤に出会うところまで来ると、雪もとぎれとぎれになり渡渉する事になる。標高840mまで来ると、さすがにスキーでは下れなくなり、林道を歩いて下山する。
四日間のトータル滑走標高差は5600mとなる。
<記録>
メンバー 高尾文雄、片岡泰彦、田中博之、加藤正一、芝田之克
1999年5月1日(土) 快晴
室堂10:10−11:20一ノ越−12:30雄山−14:00標高2100m登り返し点−14:35 2220m立山中央山稜コル−15:00内蔵助平
5月2日(日) 晴れ
6:15−内蔵助平 7:10−ハシゴ谷乗越 7:50−剣沢二股 11:15−小窓 12:55−西仙人谷と大窓からの谷の出合 14:05−ブナクラ谷出合 16:20−ブナクラ谷1300m
5月3日(月) 曇り
6:15−出発 7:45−ブナクラ乗越 9:10−折尾谷巻き始め 12:00−西谷(中谷)巻き終わり 12:08−西谷出合16:00−平杭のコル
5月4日 (火) 雨
8:00−出発 12:30−毛勝山 14:30−取り入れ口手前の最初の堰堤 15:20−橋(標高840m)スキー終わり 17:20−第4発電所 18:00−第3発電所下(タクシー乗車)
以上
高尾文雄のプロフィール
高校、大学(京大)は山岳部。
現在AACK、日本山岳会に所属。
夏、秋は沢登り、冬、春は山スキーを中心に活動中。
山スキーの主な活動地域:北アルプス北部、頸城山群、谷川周辺。
上記以外の記録:98年剣山頂から源治郎尾根上部経由平蔵谷(先日問題となった本来のインディアン・クーロアールを滑った)。
以上